
世界のコーヒー豆で5パーセントしかないと言われる
「スペシャルティコーヒー」にこだわった当店の豆について
WHAT SPECIALITY COFFEE?
スペシャルティコーヒーは、非常に高品質で特徴的な風味を持つコーヒーの一種です。特定の品質基準をクリアしたコーヒー豆から作られ、酸味や風味が際立ち、個別の原産地の特徴が楽しめます。
そんな世界中に5パーセントしかない、スペシャルティコーヒー豆の中から琥珀コーヒーの焙煎士が厳選した3種類の農園の豆を現在お取り扱いしています。
コスタリカ ジャガー ハニー SHB
「ハニープロセス」コーヒーで、絶滅危惧のジャガーを守る。
絶滅危惧種・ジャガーを守るコーヒー栽培
「中米のスイス」と呼ばれ、軍隊を持たない平和主義の国、コスタリカ。 さらに「地球幸福度指数」No.1に選ばれたり、国をあげて環境政策にも取り組んでいたりと、独自の取り組みをすすめています。このコーヒー豆は、近年の森林伐採によって絶滅危惧種に指定された「ジャガー」を守るためのプロジェクトとして栽培がスタートしました。コーヒー豆1ポンド(約450g)当たり、最低1セントが寄付され、森林を守る活動に活かされています。コーヒー栽培の歴史は古く、アラビカのウォッシュドは高級品として知られてきましたが、スペシャルティコーヒーの潮流の中で、さらに独自性を発揮していくべく、ハニープロセスが考案されたり、トレーサビリティの向上を目指したマイクロミル革命など、工夫を重ね続けています。
1週間にわたる乾燥工程、その発酵度合いがハニー製法の鍵を握る
ハニー製法の中でも、バランスの取れたハニーらしさをしっかりと有した、イエローハニーで仕上げています。サンホセ郊外にあるサンディエゴ工場にて、1週間以上の乾燥工程を経て、適切な水分値まで下げられる間に、甘味成分が中へ浸透し、柑橘っぽさや、キャラメルフレーバーとともに、まろやかな口当たりと繊細な風味を醸し出します。ハニー製法は、よくどれだけのミューシレージを残しているかで、ブラック・レッド・イエロー等の色が決まると言われていますが、どちらかというとそうではなく、どれだけ乾燥中に発酵を促したか、で色合いが決定します。好気性発酵ですので、発酵をしすぎると嫌味な香味になりやすいため、ハニー製法はしっかりと乾燥時の管理が重要となります。
パプアニューギニア マッドマンコーヒー ウォッシュ
マッドマン=泥男の伝承を持つ民族のコーヒー。力強いボディが特徴。
マッドマンの血を引く農園主
シウェット・プランテーションの農園主ピーターさんは、マッドマンの血を引く民族系の一つ、オネトレフォ族の出身です。1953年に彼の祖父が始めたこの農園は、現在約45ヘクタールの広さがあり、周辺の民族や氏族ごとに16のブロックに区画分けされています。
ピーターさんは、それぞれのブロックの管理を地元の人々に任せ、コーヒーの販売先の選定も含めて裁量を与えることで、皆が「自分たちも農園主である」という意識を持てるよう努めています。とはいえ、多くの人々は信頼を寄せるピーターさんが所有する加工場に、自らの意思でチェリーを持ち込んでいます。
また彼らの農業は非常に丁寧で、コーヒーの木はアカシアの木陰の下、2メートル四方の間隔を空けて整然と植えられています。雑草の管理も怠らず、緑肥をすき込むことで土壌の栄養もしっかりと維持されています。
黒々とした肥沃な土は、何でもよく育ちそうな力強さがあり、小規模な区画でもカットバックが適切に行われていることから、地域全体で木の管理が行き届いている様子がうかがえます。
泥男=Mudmanの逸話
このコーヒーが栽培されているアサロという土地にはこんな逸話があります。
アサロではその昔、ほかの民族との戦いが絶えなかった。勝利しては、相手のブタを奪い取り、女性を奪い取り、逆に負けると全てを奪われた。そんな日々を過ごしていたある日。強い民族が村を襲った。彼らの強さは予想以上で、こりゃたまらんと村人は逃げたが、逃げ遅れた一部の村人は命からがら沼の中に体を埋め、全身泥まみれになった。泥から頭を出し息を殺して相手の民族たちが通り過ぎるのを待つ。敵は目の前にいる。強豪民族は彼らの逃げ足を追ってきたが、沼のそばでその足跡が消えていることに驚き、混乱する。泥の中で息を殺しながら待つ彼らが見えていないのだ。
「よし、今ならば敵の意表を突くことができる!さぁ戦おう!」勢いよく泥から飛び出すと、強豪民族は慌てふためき、泥のお化けが襲ってきたと勘違いした。消えた彼らの代わりに、いきなり泥が襲ってきたからだ。敵は退散、泥にまみれた村人たちは勝利した。こうしてアサロの村人たちは、恐怖を利用して敵を追い払うことで戦いを避ける手段を覚えた。泥で体を覆い、粘土や石など身近にあるもので恐ろしい仮面を作ることで、村を敵から守るのだ。そんな逸話にちなんで、この村の人々は「泥男(Mudman)」と呼ばれるようになった。

